人は遠くまで、歩いていけるのです山野弘美(スイス在住) 7月、家族でアルプスの村、アルデッツに滞在した。前回の登山では、長男は4歳、次男は3歳。3時間の登山が精一杯だったので、アルプスの野生動物を見ることはできなかった。6歳と4歳に成長した二人は、今回はなんとかアルプスマーモットという動物に会うのを目標とした。 分岐点のたび、夫のアインドレーアスは、地図を広げて現在地の確認をする。そして子供達にもそれを知らせ、どのコースをとることが可能か、皆で決めながら歩き続けた。子供の手をとりながら歩く日々は、とっくに過ぎ去っていた。子供達は遠く先頭を走り続け、時折私を迎えにくるようにまでなっていた。いつの間にか、立場は逆転し、体からみなぎるようなエネルギーを発散させている。私はその姿に目をほそめた。 山小屋を過ぎてからは、完全に私達家族だけになり、風の音の中に、マーモットの声が、時折聞こえてくるようになった。風を体いっぱいにうけながら、声のする方に目を張りめぐらせ、でも獣道のような道から落下しないように気を配る。すると、小さな体が、巣穴の中を出たり入ったりしている。大きな岩の上で、風が運ぶ匂いをかぎわけ、仲間に合図をおくる。私達家族の匂いは、どのような合図となったのだろうか。人間に摂取され続け、絶滅寸前までになった歴史を思い、胸がつまった。人間を阻むような風の中、私達はどのぐらいマーモットをみていたのだろうか。「どうか元気で」と心の中でつぶやき、その場所を去った。気がついた時には家族皆が笑っていた。 結局、7時間の登山になった。7時間、ほとんど走っていた子供達に私は手を引かれ、ホテルに着いた時、全身の関節がボロボロと音をたて、はずれてしまいそうだった。次の日もまた次の日も歩いた。もう少し距離を延ばして、マーモットのさらに次の谷まで行くと、シュタインボック(おおつののだんな)の生息地であることは、後で知った。「なんだー!」と叫びながら、「次はシュタインボック!」と新たな目標を子供達とアンドレーアスはたてた。でも、母親として私は十分満たされていて、思いは別のところにあった。今2人は、赤ちゃんの時期が過ぎて、輝くような少年期を迎えている。踏みしめるその一歩一歩の感触を、体にまとう風を、そして足元に咲きみだれる小さな命を、そんな全てが彼らの心と体の奥にあり続け、いつの日か、生きる力になることを、そして、その力の源を守り続けて欲しいと願った。 「人は遠くまで、歩いていけるのです」(JEEカレンダー9月)心をおき忘れることのないスピードで、人は歩きに歩いて、人生をきりひらく力を、獲得できるのではないだろうか。全身で「楽しい!楽しい!」と言っている子供達を見つめながら、私はハイ・ムーン氏のこのメッセージをそう解釈した。 |